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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)197号 判決

原告

株式会社マニュファクテューる

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

杉浦宏

被告特許庁長官

【B】

指定代理人

【C】

【D】

【E】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成10年審判第710号事件について平成11年5月17日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、指定商品を商標法施行令別表第25類の「洋服、コート、セーター類、ワイシャツ類、寝巻き類、下着、水泳着、和服、エプロン、えり巻き、靴下、ショール、スカーフ、足袋、手袋、ネクタイ、ネッカチーフ、マフラー、ずきん、ヘルメット、帽子、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、靴類(「靴合わせくぎ・靴くぎ・靴の引き手・靴びょう、靴保護金具」を除く。)、靴合わせくぎ・靴くぎ・靴の引き手、靴びょう、靴保護金具、げた、草履類、運動用特殊衣服、運動用特殊靴(「乗馬靴」を除く。)、乗馬靴」(後に、「洋服、コート、セーター類、ワイシャツ類、寝巻き類、下着、和服、エプロン、えり巻き、靴下、スカーフ、ネクタイ、ネッカチーフ」に補正。)として、別紙審決書の理由別紙本願商標欄記載のとおりの商標(以下「本願商標」という。)について、平成6年12月1日に商標登録出願(平成6年商標登録願第121353号)をしたところ、発送日を平成9年12月12日とする拒絶査定を受けたので、平成10年1月12日に拒絶査定不服の審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成10年審判第710号事件として審理した結果、平成11年5月17日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年6月2日に原告に送達された。

2  審決の理由

別紙審決書の理由のとおり、本件商標は、商標登録第2327734号商標(別紙審決書の理由別紙引用商標欄記載のとおりの商標。以下「引用商標」という。)に類似する商標であって指定商品が同一又は類似であるから、商標法4条1項11号に該当すると認定判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決は、本願商標の称呼を誤認し、その結果、本願商標と引用商標の称呼が異なることを看過し、さらに、本願商標と引用商標の図形に大きな差異があるため本願商標と引用商標は類似しないことを看過したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

1  本願商標の称呼について

本願商標のようにローマ字を大文字で表記した場合には、「UCLA」(カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校)を「ユーシーエルエイ」と読むように、一般的にはアルファベット一文字一文字を区切って明確に発音することが普通である。英和辞典などの表記においても、ローマ字の大文字で表記した場合には、特別に意味をなさない語や略語については、アルファベット一文字一文字を区切って発音している。

原告は、当初、英語で「素晴らしく可愛らしくかつ革新的服装」の意味を持つ「Splendidly Pretty and Radical Apparel」という言葉を思いついたが、このままでは長すぎるので、その略語として「SPRA」とし、更に本願商標のようなデザインを加えて本願商標の商標登録出願をしたものである。このように本願商標は、「Splendidly Pretty and Radical Apparel」の観念を背景として成立した文字の略語として案出されたものである。そして、本願商標のような「子音・子音・子音・母音」という構成を有する文字群を有する略語は、一般に英語読みが困難であるため、自然に、無理に英語読みしないで、アルファベット読みすることになるものである。

以上のとおり、本願商標の称呼は「エス・ピー・アール・エイ」である。また、本願商標の「RA」の部分については、「ラ」の音が自然に生じることもあるから、本願商標は、「エスピーラ」と称呼されることもあると考えられる。

2  本願商標と引用商標の称呼の類似性について

現在のわが国の英語教育・英会話教室の普及や海外旅行の増加によって、英語の使用人口は増加しており、欧米人が「R」と「L」を全く別の文字として発音することはよく知られ、今日の日本語においては、「R」と「L」の文字は極めて注意深く区別されている。このような発音上の事情から、本願商標と引用商標は、全体として称呼するときは、互いに相紛れることはない。

文部省は、小学生の段階から会話に主体をおく英語教育を実施し、「RIGHT」(右)も「LIGHT」(光)も同じ発音であるとするような考え方を根本的に改めていこうとしている基本姿勢を、既に国の内外に向かって明確に表明しているのである。審決は、このような事実を無視し、ただ単にそれらが誤って使われている現状を追認しようとしているのみであって、失当である。

3  本願商標と引用商標が類似しないことについて

本願商標と引用商標の図形には大きな差異があり、両者は全く別個のものであることが一目瞭然である。本願商標と引用商標が称呼において異なる事実に、この点をも加えて判断すれば、本願商標と引用商標が商品の出所の混同を生じることはないから、本願商標と引用商標は類似しない。

第4  被告の反論の要点

1  本願商標の称呼について

本願商標は、わが国において親しまれている英語の発音の例にならい、「SP」の文字部分を「スプ」と、「RA」の文字部分を「ラ」とそれぞれ称呼され、全体として「スプラ」と称呼されるのが自然である。

全体として一語を表したものと理解されるその構成態様からして、本願商標には、「エス・ピー・アール・エイ」の称呼は生じない。仮に一般的に考えた場合には、「エス・ピー・アール・エイ」の称呼が生じ得るとしても、冗長であり、簡易迅速を旨とする商取引の実際にはなじみにくいため、採用されないものというべきである。

また、本願商標の「SPRA」の文字は、全体として一体不可分の造語として看取され、いずれの部分も分離しにくい構成よりなるものであるから、これを「SP」と「RA」の各文字部分に分離し、前半をアルファベット読み、後半をローマ字読みにして「エスピーラ」と称呼することは不自然である。

2  本願商標と引用商標の称呼の類似性について

日本語においては、「R」と「L」を区別する音はなく、「RA」と「LA」を日本語の50音図中の文字に置き換えると、いずれも「ら」と表記され、「ラ」と発音される。したがって、日本人にとって、「R」と「L」を区別して発音することも、聴別することも極めて困難である。そして、外来語でも、例えば「RIGHT」(右)と「LIGHT」(光)を区別することなく、「ライト」と発音しているのが実情である。

そうすると、本願商標と引用商標は、その音を区別することなく、いずれも「スプラ」と称呼されることになる。

3  本願商標と引用商標の類似性について

取引社会の実情を考慮すれば、商品が口頭あるいは電話によって売買されることも少なくないから、自他商品の識別において商標から生ずる称呼を無視することはできない。本願商標と引用商標は、「スプラ」という同一の称呼を生ずるものであり、称呼の同一性という観点に重きを置くべきであるから、たとい、観念において比較すべくもなく、外観において差異を有するものであるとしても、両商標は、称呼を同一にするため全体として紛れるおそれのある、類似する商標というべきである。

第5  当裁判所の判断

1  本願商標から生ずる称呼について

(1)  本願商標の「SPRA」は、外国の文字であるローマ字で書かれたものである。

わが国においては、外国語のうちでは英語の普及率が圧倒的に高く、商業広告でも、英語が使用される頻度が他の外国語が使用される頻度よりも非常に高いことは当裁判所に顕著であり、この事実によれば、ローマ字で書かれた商標に接した者は、その発音を知らない場合であっても、一般には、自己の有する英語の知識に従って、これを英語風に読もうとするものと解される。

そして、例えば、乙第1号証(「ヴィクトリー・アンカー英和辞典」株式会社学習研究社1996年4月1日発行)にみられるように、いずれもよく知られている英語であって「SP」の綴りで始まる「SPOON」、「SPRAY」、「SPRING」及び「SPRINKLER」は、それぞれ「スプーン」、「スプレイ」、「スプリング」及び「スプリンクラァ」のように発音され、やはりいずれもよく知られている英語であって「RA」の綴りで終わる「CAMERA」、「OPERA」及び「ORCHESTRA」は、それぞれ「キャメラ」、「オペラ」及び「オーケストゥラ」のように発音されるなど、英語においては、最初の「SP」の文字が「スプ」、最後の「RA」の文字が「ラ」のように発音されることが多いことは当裁判所に顕著である。そうすると、一般の取引者・需要者は、本願商標の「SPRA」を、「SP」について「SPOON」、「SPRAY」、「SPRING」及び「SPRINKLER」等の発音などから類推して「スプ」と読み、「RA」について、「CAMERA」、「OPERA」及び「ORCHESTRA」等の発音などから類推して「ラ」と読み、その結果、全体を「スプラ」と称呼するものと認められる。

(2)ア  原告は、本願商標のようにローマ字を大文字で表記した場合には、一般的にはアルファベット一文字一文字を区切って明確に発音することが普通であり、英和辞典などの表記においても、ローマ字の大文字で表記した場合には、特別に意味をなさない語や略語については、アルファベット一文字一文字を区切って発音していると主張する。しかし、乙第2号証(「コンサイス外来語辞典 第4版」1989年10月10日株式会社三省堂発行)によれば、「NASA」(米国航空宇宙局)は「ナサ」、「NATO」(北大西洋条約機構)は「ナトー」、「OPEC」は「オペック」のように、英語風に読めるものは、英語風に読むことも多いことが認められるから、ローマ字を大文字で表記した場合でも、必ずしもアルファベット一文字一文字を区切って明確に発音することが普通であるということはできない。

また、原告は、本願商標について、「Splendidly Pretty and Radical Apparel」の観念を背景として成立した文字の略語として案出されたものであり、「子音・子音・子音・母音」という構成を有する文字群を有する略語は、一般に英語読みが困難であるため、自然に、無理に英語読みしないで、アルファベット読みすることになる旨主張する。

しかし、一般の取引者・需要者が、本願商標が略語であるか否かを知るものとは認められない。また、「子音・子音・子音・母音」という構成を有する文字群を有する略語であっても、英語風に読めないものはともかくとして、英語風に読めるものがアルファベット読みされるのが普通であると認めるに足りる証拠はなく、かえって、乙第2号証に掲載されたものの中にも、「子音・子音・子音・母音」という構成を有する文字群を含む「NAMFREL」(フィリピンの公正選挙推進民間団体)を「ナムフレル」と読む例が見いだされるところである。

そして、「エス・ピー・アール・エイ」の称呼と「スプラ」の称呼を比較した場合には、前者の方が冗長であることは明らかであるから、取引において、前者が後者より好まれるとは認められない。

以上のとおり、「SPRA」については、「エス・ピー・アール・エイ」の称呼が、「スプラ」の称呼よりも普通の称呼であるということはできないし、まして、一般の取引者・需要者が「エス・ピー・アール・エイ」とのみ称呼して「スプラ」と称呼しないほどに当然の称呼であるということはできない。したがって、本願商標から「エス・ピー・アール・エイ」の称呼が生じないとはいえないにしても、そのことをもって、「スプラ」の称呼が生じないということはできないものといわざるをえない。

イ  原告は、本願商標から「エスピーラ」の称呼が生じるとも主張する。上記「エスピーラ」との称呼は、本願商標を「SP」と「RA」の各文字部分に分離し、前半をアルファベット読み、後半をローマ字読みにした場合に発生するものである。ところが、本願商標はその構成態様から一語を表したものと理解されるから、これを「SP」と「RA」とに分離して、それぞれ別々の方法で読むことが自然であるとは認められない。

以上のとおり、本願商標について、「エスピーラ」の称呼が「スプラ」の称呼よりも普通の称呼であるということはできないし、一般の取引者・需要者が「エスピーラ」と称呼して「スプラ」と称呼しないほどに当然の称呼であるということはできない。したがって、仮に本願商標から「エスピーラ」の称呼の生じる余地があるとしても、そのことをもって、「スプラ」の称呼が生じないということはできない。

2  本願商標と引用商標の称呼の類似性について

(1)  引用商標から「スプラ」の称呼が生ずることは明らかであるから、本願商標と引用商標は、「スプラ」の称呼を共通にするものである。

(2)  原告は、欧米人が「R」と「L」を全く別の文字として発音することはよく知られており、今日の日本語においては、「R」と「L」の文字は極めて注意深く区別されているから、本願商標と引用商標は、全体として称呼するときは、互いに相紛れることはないと主張する。

しかし、日本語においては、「ラ」行の音は一種類しかないため、例えば、乙第3号証(「コンサイス外来語辞典 第4版」(株式会社三省堂1989年10月10日第10刷発行)に、「light」も「right」も「ライト」のように、「lover」も「rubber」も「ラバー」のようにそれぞれ表記されていることにみられるように、日本語を母国語とする者にとっては、「R」の音と「L」の音は、両者を欧米人が区別して発音していることを知ると否とに関わらず、発音する時にも、聞く時にも、区別することが難しいことは、当裁判所に顕著である。そうすると、一般の取引者・需要者は、本願商標の「スプラ」の称呼と引用商標の「スプラ」の称呼とを区別することが難しいものと認められるから、両者の称呼は、相紛れるものといわざるを得ない。

英語等の欧米の言語を発音する際には、「R」の音と「L」の音とは区別されるべきであることは原告主張のとおりであるけれども、商標の類否は、わが国における一般の取引者・需要者を基準として判断すべきであるから、わが国における一般の取引者・需要者において、現実に「R」の音と「L」の音とを区別することが難しい以上、原告主張の事実は、前記認定を左右するに足りるものではない。

3  本願商標と引用商標の類似性について

取引の実情において、本願商標及び引用商標に係る各指定商品が、一般の取引者・需要者により口頭あるいは電話によって売買されることを否定する理由はないから、自他商品の識別において商標から生ずる称呼を無視することはできない。そうすると、本願商標と引用商標は、「スプラ」の称呼を共通にするものであって、外観、観念についての相違を考慮しても、類似の商標というべきである。

4  以上のとおりであるから、原告主張の取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

第6  よって、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 春日民雄 裁判官 山田知司)

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